【犬の健康】避妊・去勢はいつするべき?「6ヶ月で一律」ではない時代へ

私が獣医師として働き始めた2010年ごろ、避妊・去勢の案内はとてもシンプルでした。

「生後6か月になったら、犬も猫も基本的に避妊・去勢をすすめる」

当時は、望まない繁殖の予防、子宮蓄膿症や乳腺腫瘍、精巣腫瘍などの病気予防といったメリットが重視され、生後6か月での避妊去勢は臨床現場でも広く推奨されていました。飼い主さんにとっても、獣医師にとっても、比較的迷いの少ないテーマだったと思います。

それから十数年が経ち、犬の避妊・去勢のタイミングは、獣医師の間でも意見が分かれるテーマのひとつになりました。

実は5年ほど前にも、このテーマでブログを書こうと準備していたことがあります。当時すでに、獣医師の間では「one-size-fits-all(一律の対応)ではダメだよね」という流れが出始めていたこともあり、いろいろと情報を集めていたのですが、なんだかんだで出さずじまいになっていました。

そして今回、イギリスの主要獣医師団体であるBVA(英国獣医師会)とBSAVA(英国小動物獣医師会)が、犬猫の避妊・去勢に関する方針をアップデートしたこともあり、今度こそ!と記事を書いています。

この新しい方針の大きなポイントは、「すべての犬に同じ月齢で避妊・去勢を勧めるのではなく、その子ごとに考える」ということです。

この記事は、避妊・去勢を否定するものではありません。避妊・去勢には、今でも大きなメリットがあります。ただし、「犬種・性別・体格・生活環境に関係なく、生後6か月で一律に手術する」時代ではなくなってきた、というお話です。

目次

なぜ考え方が変わってきたのか

避妊・去勢に対する考え方が変わってきた背景には、いくつかの研究の積み重ねがあります。

特に大きかったのは、乳腺腫瘍に関するエビデンスの見直しと、早期避妊・去勢と整形外科疾患との関連です。

ターニングポイント①:乳腺腫瘍予防だけでは時期を決めにくくなった

長年、メス犬では「初回発情前に避妊すると乳腺腫瘍のリスクが大きく下がる」と説明されてきました。これは今でも多くの飼い主さんが聞いたことのある話だと思います。

ただし、2012年にBeauvaisらが、これまでに発表されていた研究を集めて、「避妊の時期」と「乳腺腫瘍のリスク」の関係を改めて検証した研究が発表されました。その結果、避妊そのものや避妊時期と乳腺腫瘍リスクとの関係について、既存研究のエビデンスは思っていたほど強くないことが指摘されました。

これは「避妊に乳腺腫瘍予防のメリットがない」という意味ではありません。若い時期の避妊が乳腺腫瘍リスクを下げる可能性は、現在も否定されていません。

ただ、「初回発情前ならどれくらい下がるのか」「2回目の発情前だとどれくらい違うのか」「2.5歳未満であればどこまで効果があるのか」といった細かな時期による差については、質の高いデータが十分ではないということでした。

そのため、少なくともイギリスの臨床現場では、現在は乳腺腫瘍の予防だけで手術時期を決めるのではなく、子宮蓄膿症、尿失禁、整形外科疾患、犬種、体格、発情周期、生活環境なども含めて、総合的に考える方向に変わってきています。

ターニングポイント②:早期避妊・去勢と関節疾患の関連

もうひとつ大きな転機となったのが、カリフォルニア大学デービス校のHartらによる一連の研究です。

2013年には、ゴールデン・レトリーバーを対象にした研究が発表されました。この研究では、若い時期に避妊・去勢された犬で、一部の関節疾患や腫瘍が多く見られる可能性が示されました。また、その影響は性別や手術時期によって異なっていました。

さらに2020年には、35犬種を対象にした大規模な研究が発表されました。この研究では、避妊・去勢による影響はすべての犬に同じように出るわけではなく、犬種・性別・手術時期によってリスクがかなり違うことが示されました。

特に、大型犬や一部の犬種では、若い時期の避妊・去勢と、股関節形成不全・前十字靭帯断裂・肘関節形成不全などの整形外科疾患との関連が報告されています。

一方で、小型犬では、大型犬ほど明確な関節疾患のリスク上昇が見られなかった犬種が多くありました。ただし、一部では腫瘍との関連が報告されており、「小型犬なら早くても問題ない」と一括りにはできません。

Hartらの犬種別一覧表について

Hartらの2020年の研究には、犬種ごとの避妊・去勢の判断の目安をまとめた一覧表があります。

この表はPMCで無料公開されており、犬種や性別によって、「特定の時期を設けない」「1歳以降まで待つ」「さらに成熟を待つ」といった異なる目安が示されています。私自身も診察で参考にすることがあります。

Hart et al. 2020 全文(PMC・無料公開)

ただし、この表は特定の関節疾患・腫瘍・メス犬の尿失禁をもとに作られたもので、子宮蓄膿症や望まない繁殖、行動面まで評価したものではありません。あくまで「この犬種ではこういう傾向が報告されている」という参考資料のひとつとして捉えるべきだと思っています。

2026年3月:BVA・BSAVAが新しい方針を公式発表

こうした研究の蓄積を受けて、BVAとBSAVAは犬猫の避妊・去勢に関する新しい方針を発表しました。方針文書自体は2025年12月付ですが、BVA・BSAVAからは2026年3月に公式に発表されています。

新しい方針で繰り返し使われているのが、contextualised approach(その子の状況に合わせて考える)という言葉です。

つまり、「犬だから生後6か月で避妊・去勢」ではなく、犬種・性別・体格・骨格の成熟時期・生活環境・繁殖予定の有無・病気のリスク・飼い主さんの管理状況などを考慮して決めましょう、という方針です。

メス犬の場合:多くのケースで避妊は今も推奨される

メス犬では、繁殖予定がない場合、避妊手術は多くのケースで今も推奨されます。

その理由は、避妊によって予防できる病気があるからです。特に大きいのは、子宮蓄膿症・卵巣疾患・子宮疾患・望まない妊娠の予防です。

子宮蓄膿症は、命に関わることもある病気で、特に高齢の未避妊メス犬では臨床現場でもよく遭遇します。

ただし、手術のタイミングについては、以前のように「生後6か月で一律に」というより、骨格の成熟時期をひとつの要素として、犬種や体格も考慮する方向に変わってきています。

BVA・BSAVAの方針では、繁殖予定のないメス犬について、犬種や成熟時期に応じて、一般的には生後12〜23か月ごろの避妊が推奨されています。

特に体格の大きなメス犬や、もともとリスクの高い犬種(ダルメシアン、ドーベルマン、アイリッシュ・セターなど)では、生後6か月未満の早期避妊のあとに尿失禁が起こりやすくなるという報告があり、これも手術を急ぎすぎない理由のひとつです。

オス犬の場合:よりケースバイケースへ

オス犬では、今回の方針更新で特に「全頭に一律で去勢を勧めるのではなく、ケースバイケースで判断する」という姿勢が強調されています。

もちろん、オス犬にも去勢のメリットはあります。望まない繁殖や精巣腫瘍の予防、前立腺肥大に関連する症状の改善、ホルモンが関係する一部の病気の管理などです。特に停留精巣がある犬では、将来の腫瘍リスクも考慮する必要があります。

行動面でも改善が見られることはありますが、すべての問題が去勢で解決するわけではありません。犬種や体格によっては、若い時期の去勢が関節疾患などのリスクと関連する可能性もあります。

そのため、特にオス犬では「いつ去勢するか」の前に、「その犬に去勢するメリットがあるか」から考えるようになってきています。

実際、私自身もここ数年、オス犬については「いつ去勢するか」よりも前に、「そもそも去勢するかどうか」から飼い主さんと話し合う機会が増えました。特に行動面で不安のある子や大型犬では、「どこまで待つか」「先に行動診療を専門とする獣医師や、動物行動の専門家に相談するか」といったところまで一緒に考えることがあります。

最近は、去勢をしないという選択や、去勢インプラントで一時的にホルモンの働きを抑えて経過を見る選択も増えてきた印象です。

猫についてはどうなの?

今回の記事では犬を中心に書いていますが、猫についても少し触れておきます。

猫については、BVA・BSAVAの方針は大きく変わっていません。猫では、望まない繁殖を防ぐために、生後4か月ごろ(16週齢前後)の避妊・去勢が推奨されています。

猫は犬よりも早く性成熟を迎えることがあり、外に出る猫では特に、望まない妊娠を防ぐ意味でも早めの避妊・去勢が重要です。

では、いつごろから考えればいい?

ここまで読んで、「結局、何か月ごろにすればいいの?」と思われた方もいるかもしれません。

現在のところ、すべての犬にそのまま当てはめられる一つの月齢はありません、というのが正直なところです。実際のタイミングは、体格だけでなく、犬種、性別、成長のスピード、発情の有無、生活環境などを合わせて考える必要があります。

犬の特徴 相談するときに考えたいこと
小型犬 関節疾患への影響は大型犬ほど明確でない犬種が多い。ただし犬種特有の注意点も。
中型犬・大型犬 骨格の成熟前の手術と関節疾患との関連が報告されている犬種あり。少し待つメリットを相談。
超大型犬 成長・成熟に時間がかかるため、より遅い時期を検討することも。
メス犬 発情が来ているか、最後の発情からの期間、子宮蓄膿症や尿失禁のリスク、妊娠を防ぐ管理ができるか。
オス犬 去勢のメリットがその子にあるかを、行動・生活環境・病気のリスクから考える。

たとえばダックスフンドでは、12か月齢未満の避妊・去勢と椎間板ヘルニアの発症に関連が見られた観察研究があります。

反対に、中型犬や大型犬でも、望まない妊娠を防ぐのが難しい、同居する未去勢・未避妊犬がいる、特定の病気があるなど、手術をあまり遅らせない方がよい場合もあります。また、メス犬では一般に発情中や発情直後を避けて手術を計画するため、月齢だけでなく発情周期も時期に関わってきます。

急ぐ理由があるのか、少し待つメリットがあるのかをかかりつけの獣医師に早めに相談するのがいちばんの近道です。

エビデンスはまだ発展途上

ここは、飼い主さんに誤解してほしくないところです。

今回のBVA・BSAVAの方針変更は、「新しい研究で完全な答えが出たから、これからは全員この時期にしましょう」というものではありません。むしろ、これまでの研究を見直していく中で、「犬種や体格、性別によってリスクが違うのに、すべての犬に同じ月齢を当てはめるのは少し単純すぎる」ということが分かってきた、という流れです。

たとえば、メス犬の避妊時期については、2024年にMoxonらが過去の研究をまとめて調べた大きなレビューを発表しています。この研究では、1,145本の文献を確認し、最終的に33本の研究がレビューの対象になりました。ただ、そのうち避妊時期を「思春期前か後か」に分けて比較していた外科的避妊の研究は、わずか6本でした。

その結果、「メス犬をいつ避妊するのが一番よいのか」をはっきり決められるほど、強いデータはまだ十分ではないとされています。

とはいえ、前述のとおり、避妊手術のメリット自体は変わりません。

今の時点では、「何か月で手術するのが正解か」を一つに決めるより、その子にとって何を優先するかを考える方が現実的です。今回の方針更新も、完全な答えが出たというより、一律の月齢だけでは判断できないことを反映したものだと思います。

避妊・去勢後に気をつけたいこと

避妊・去勢後は、代謝や食欲の変化によって太りやすくなることがあります。これは診察室でも本当によく見ます。

手術そのものが悪いというより、手術後に必要なカロリーが変わるのに、食事量がそのままだと体重が増えやすくなる、というイメージです。

BVA・BSAVAも、避妊・去勢後の体重管理と食事量の見直しを推奨しています。手術後は、体重を定期的に測る、ボディコンディションスコアを確認する、おやつの量を見直す、必要に応じてフード量を調整する、運動量を保つ、といったことを意識してみてください。

避妊・去勢は「手術して終わり」ではなく、その後の体重管理までがセット、と考えると良いと思います。

かかりつけの獣医師に相談するときのポイント

避妊・去勢のタイミングで迷ったときは、早めにかかりつけの獣医師に相談してみてください。

相談するときは、繁殖の予定、メス犬なら発情が来ているか、同居する未去勢・未避妊犬の有無、行動面で困っていることなどを伝えると、話が進めやすくなります。犬種や体格、既往歴も含めて、かかりつけの獣医師と一緒に考えていくのが理想です。

また、「うちの子の犬種や体格だと、いつごろがよいですか?」「急いだ方がよい理由はありますか?」「もう少し待つメリット・デメリットはありますか?」と聞いてみると、具体的な相談がしやすいと思います。

まとめ:一つの正解ではなく、その子に合った選択へ

私が働き始めた2010年ごろ、避妊・去勢の説明は今よりずっとシンプルでした。現在は「生後6か月になったから」という理由だけではなく、その子にとって何のために、いつ行うのがよいのかを考えるようになっています。

避妊・去勢には、今でも大きなメリットがあります。ただ、早ければ早いほどよいわけでも、手術をしない方がよいわけでもありません。犬種、性別、体格、生活環境によって、優先したいことは変わります。

獣医学の常識は、新しい研究によって少しずつ変わります。数年後には、また新しい研究が出て、今日の「最善」が変わるかもしれません。だからこそ、獣医師として一度学んだことに固まらず、知識や考え方を更新し続けなければ、と感じています。

このブログでも、そうした変化をできるだけ分かりやすくお伝えしていきたいと思います。

参考資料


※この記事は2026年7月時点の情報をもとに作成しています。獣医療の推奨や各団体の方針は変更される場合があります。実際に避妊・去勢の時期を検討する際は、最新の公式情報やかかりつけの動物病院で必ず確認してください。

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